貯蔵・輸送・ハンドリング技術
水素保安技術と基礎実験
●水素の物性から見た、3つの保安ポイント
金属、化学、半導体などの工業分野から燃料電池車に至るまで、水素が汎用的なガス&エネルギーとして幅広く利用されるためは、「保安」の視点を欠かすことができません。
水素の一般的物性を保安の視点から眺めたとき、最も問題となるのは 、
(1)
自然界に存在する分子のなかで最も分子量が小さく(=軽く)ガス密度が最小のため、最大の拡散性をもつガスである
(2)
爆発範囲が非常に広い(空気中において水素ガス濃度4.0%~75.0%)
(3)
着火エネルギーが極めて小さい(最小着火エネルギー0.02mJ)
という3点です。
水素のこのような特徴を保安の観点から見ると、漏れやすく、(上部へ)拡散しやすいガスということになります。爆発範囲は気体燃料のなかでもトップクラスですが、拡散性が高いため、開放空間での爆発はほとんどありません。水素自体は人体に無害、燃焼の排気も水蒸気と少量の窒素酸化物のみで中毒の恐れは皆無です。発火点は空気中で527℃ですが、着火エネルギーが極めて小さいため電気着火しやすく、静電気除去対策などが必要となります。火炎は無色で着火しても見えにくく、炎は風によって流されやすいので注意を要します。火炎温度は空気中で2045℃と高温ですが、総発熱量は都市ガスの1/4程度で、輻射熱はほかのガスに比べ小さいのが特徴です。
■各種ガスの爆発限界と爆ごう範囲
ガス名
爆発
爆ごう範囲
爆発
下限界(%)
下限界(%)
上限界(%)
上限界(%)
水素
4.0
18.3
59.0
75.0
一酸化炭素
12.5
15.0
70.0
74.0
メタン
5.0
6.5
12.0
15.0
エチレン
2.7
3.3
14.7
36.0
アセチレン
2.5
4.2
50.0
100.0
●水素のトップメーカーとして保安技術を蓄積
1958年、水素ガスの製造を目的とする大阪水素工業(現 岩谷瓦斯)の設立以来50数年にわたって水素事業を深耕し、水素&液化水素のトップメーカー・サプライヤーとして全国に安定供給体制を築いてきた当社は、水素の製造・輸送・貯蔵に関する技術とともに、その保安確保にも全力を注ぎ、さまざまな知見を蓄積してきました。
1974年には、通産省工技院(当時)より「サンシャイン計画」の「水素の流通・消費プロセスにおける保安技術」について研究委託を受託し、水素ガスの拡散・燃焼実験を行っています。また同年、大阪水素工業内にわが国初の液化水素製造プラント(製造能力10
/h)を建設、2年後の1976年には通産省工技院・物質工学研究所(当時)と共同で、わが国初の液化水素の拡散・燃焼実験を行っています。
■わが国初の液化水素の拡散・燃焼実験
この実験は、直径10mm程度の絶縁パイプを通した液化水素やたらい状のプールに溜めた液化水素に着火テストを行ったり、土・水・コンクリート・砕石などにさまざまな量の液化水素をこぼして拡散率を比較するなど、種々の条件下での液化水素の挙動を探るもので、その様子をTVカメラで高速フィルムに収め、集積したデータの分析に基づいて最適な保安技術をひとつひとつ模索してきました。たとえば今日も液化水素製造プラントの床面には砕石が敷かれていますが、これは「コンクリートや土に比べて砕石の方が液化水素をより早く拡散する」という実証結果に基づくものです。
こうした数々の知見をベースに、前述した水素の物性のそれぞれに対して、製造・貯蔵・輸送・消費のあらゆる段階で以下のような保安対策を講じ、安全を確保しています。
液化水素の蒸気雲変化
(1976年9月実施)
(1)
高い拡散性………………
もれやすく拡散しやすい水素を安全に閉じ込めるための容器設備の材料規制、配管接続部などの耐圧・気密性能の確保、容器の転倒防止措置etc.
(2)
広い爆発範囲……………
微小なリークをとらえるための高性能ガス漏れ検知システム、万一の拡散に対しガス爆発を防ぐための滞留防止対策(通風良好な環境、上部開放型建屋、軽量な屋根の設置など)etc.
(3)
小さい着火エネルギー…
電気着火を防ぐための灯火制限、アース設置や帯電防止作業衣の着用など静電気除去対策etc.
1978年にわが国初の大型商用液化水素製造プラント(能力730
/h)を本格稼働してから今日に至るまで、宇宙開発事業団(現 宇宙航空開発機構)や重工メーカー各社をはじめ多くのユーザーに納入している液化水素は、製造・物流・消費の全段階で無事故の実績を有しますが、それは保安確保へ向けた、こうした地道な積み重ねの結果であると考えています。
さらに燃料電池車の実用化へ向けた研究が活発化するなど「水素エネルギー時代」が視野に入ってきた近年は、関係各業界・企業との連携により水素の新しいアプリケーションに対応した濃度検知システムや爆発実験を行うなど、未知の領域への開拓も始まっています。
●画期的な保安教育――「爆発の実体験」により保安意識の高揚を
■実体験を重視した「保安教育用爆発実験」
水素の保安確保には保安教育が重要な意味をもってきます。高度な安全工学に基づいて取り扱われているとはいえ、安全に100%の概念はありません。当社とグループ会社・岩谷瓦斯では、高圧ガス保安の意識レベルを高めるために、実体験を重視した「保安教育用爆発実験」を実施しています。
高圧ガス事故の恐ろしさについては、保安資格取得のための各種研修やさまざまな社員教育を通じて知識の共有が図られていますが、保安技術レベルが全般的に向上した今日、工場での爆発事故は数十年前とは比べ物にならないほど激減しています。これは反面で、実際に事故に遭遇した経験がなく、その恐怖を知らない世代が現場に増えていることを意味します。
そこで、風化しつつある事故の恐怖を新しい世代に体験として伝え、万一の事態にも的確な行動がとれるよう、知識を超えた実感レベルにまで保安教育の質を高めることをねらいとして、ユニークな「保安教育用爆発実験」を始めています。
この実験・保安研修会では、酸素やアセチレンの燃焼・爆発実験とともに、ビニールハウスを利用した水素の爆発実験などを実地に行っています。もちろん実験に当たっては、過去蓄積された保安技術や、法令、知見を駆使して万全の安全体制で行われています。
河川敷に設けた8m3のビニールハウス内に液化水素の5
容器を転倒させ、液化ガスを急激に気化させて爆燃雰囲気を作った後、遠隔操作で点火爆発させます。轟音とともに押し寄せる爆発の衝撃波に、実験を見守る保安担当者や行政・消防関係者の間からも驚愕の声が上がり、文献やシミュレーションからは伝わらない事故の恐ろしさを目の当たりにした参加者が改めて高圧ガス保安の重要性を認識することになりました。イワタニグループではこうした実験の模様を保安教育用ビデオに収め、さまざまな研修の場で活用しています。
ここまで大掛かりな爆発実験は業界でもあまり例をみないものですが、燃料電池関連メーカーからの委託による水素関連の各種委託実験の実施・企画や、当社の水素の納入先であるお客さまの構内でのデモンストレーション、各地の高圧ガス地域防災協議会との提携による燃焼実験などは頻繁に行われています。模擬容器や模擬配管に、安全な場所から水素ガスを流し、着火して「噴出音はあるが無色の水素ガスは燃焼の炎が見えないこと」(食塩水を吹き付けるとナトリウムの炎色反応で炎の大きさが確認できる)、「輻射熱が小さいため手をかざしても熱くないが火炎温度は鉄を溶かすほど高いこと」などを目で確かめていただき、水素の燃焼特性への理解を促すとともに、保安意識の高揚を図っています。このように当社では、将来の水素エネルギー時代の到来に備え、保安技術面の強化・拡充についても積極的な取り組みを進めています。
■液化水素の爆発実験